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20250410 脱北文学を読む

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20250410 脱北文学を読む

 キム・ユギョンの短編小説集『青い落ち葉』(2025年)を読んだ。「平壌からの客」、「自由人」、「チョン先生、ソーリー」、「青い落ち葉」、「チャン・チェンの妻」、「あの日々」、「将軍を愛した男」、「ご飯」、「赤井烙印」の9作品が収められている。
 著者は朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)から脱出したあと、2000年代に韓国に定着した作家であるが、脱北する前の北朝鮮民衆の様子が直に伝わってくる。訳者解説によると、本書との出会いは2023年で、2025年1月に日本語で公刊された。

北朝鮮の地理的環境
 北朝鮮の地理的環境(自然条件)は、緯度としては日本の東北地方から北海道南部とほぼ同じだが、日本海と太平洋に挟まれた、辛うじて温暖な環境とは違い、大陸を背にした、きわめて寒冷な地域であり、農作物は安定的に育たない地域である。

 1995年に、大水害が発生し、食糧難(食糧の配給は大人一人あたり600gから250gに減少)をもたらしていた。この時期から脱北が急速に増えたという。キム・ユギョンの短編集(2025年)中の「青い落ち葉」(105頁)では、脱北の動機として、ミソンに「(1996年頃)母は病気で亡くなり、父は餓死しました」と語らせ、「将軍を愛した男」(193頁)の会話のなかで、「国民を飢え死にさせるのが人民の父なのか」と語らせているように、大飢饉による餓死状況がストレートに伝わってくる。

 その原因のひとつは南北分断にある。農耕に適した温暖な南部と一体になった朝鮮半島があって、朝鮮全体の食糧が保障されてきたのである。しかし、日本による朝鮮植民地支配が続き、戦後のアメリカの介入が朝鮮を南北に分断し、北朝鮮での食糧生産の地理的弱点が露わとなった。

歴史的背景
 しかも、南北に分断された北朝鮮は境界線(38度線)を挟んで韓国と軍事的に対峙し、アメリカ、日本などの軍事的脅威下に置かれ、軍事優先の政治経済が常態化し、民衆の生活は後回しにされてきた。

 1995年の大飢饉にたいして、世界食糧計画(4160万ドル)、国連人道問題局(1億2600万ドル)から緊急援助がおこなわれたが、日本からの援助はわずかに650万ドルしかなく、焼け石に水だったようだ。脱北者が急速に増え、著者も同じ道を歩んだようだ。著者は1995年大飢饉の北朝鮮、脱北後の中国での体験をもとにして、作品を構成しているが、南北朝鮮をとりまく歴史的背景には触れていない。

問われる日本人読者の姿勢
 1995年以降の脱北は、このような歴史的・地理的背景から生じていたのであり、日本人としてこれらの小説を読むときは、その背景を無視して読むことは出来ない。

 1995年の大飢饉に苦しむ北朝鮮民衆に、世界は何をしたのか、日本は何をしたのか。その問いも発せずに、これらの小説に基づいて、北朝鮮の政治を批判することは、北朝鮮排外主義に直結している。

 大飢饉で朝鮮民衆が苦しんでいる1997年6月、遅ればせながらも、竹内伊知さんらの提案で、「北朝鮮民衆に、食糧を緊急支援する石川県民の会」が結成され、緊急食糧支援(端境期にお米を届けよう)運動を開始した。全国からたくさんの玄米と支援カンパが寄せられ、大型トラックで新潟港まで運び、北朝鮮に送り届けた。

   

 「送った米は軍人が食べて、民衆には渡らない」と排外主義的な非難があったが、Iさんは「軍が食べきれないほどの米を送ろう」とはね返して、国際連帯を貫いた。「量を増やすためにタイ米でもよいのではないか」との提案にたいして、竹内伊知さんは「私たちが美味しいと思うお米を送ろう」と言い、コシヒカリを送った(当時の私は「特用上米」という名の古米を食べていた)。

中国での苦闘
 脱北して中国に至っても、そこにはブロ-カーがおり、人身売買がある。脱北者はさらに過酷な生活を強いられ、韓国に到着できた人はごくわずかだった。資本主義(日本)を倒して、社会主義(共産主義)をめざしたにもかかわらず、中国にも北朝鮮にも、希望の影も形もない。

 だが、私たちは諦めることはできない。脱北文学は挫折した「革命」をのりこえるための文学ではないか。解説には、『超えてくる者、迎えいれる者』(2017年)が紹介されている。これは「脱北作家・韓国作家共同小説集」であり、訳者は不二越女子勤労挺身隊強制連行訴訟で、通訳として大変お世話になった和田とも美さんである。次はこの小説集を読もうと考えている。




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