【９】「被告人訊問調書」（外務省警察史) 【滋賀県立図書館蔵】
被告人訊問調書
昭和七年四月二十九日陸軍憲兵大尉大石正幸ハ上海海第一憲兵隊ニ於テ被告人ヲ訊問スルコト左ノ如シ。
問 本籍、現住所、職業、氏名、年齢ハ如何
答 本籍ハ朝鮮忠清南道礼山郡徳山面柿梁里一三九
現住所ハ上海佛租界貝勒路東方公寓三十号
氏名ハ尹奉吉 年齢ハ二十五年
職業ハ現在無職
問 オ前ガ本日新公園ニテ手榴弾ヲ投ジタ当時ノ状況ヲ詳細ヲ述ベヨ。
答 私ハ本日午前七時五十分頃手榴弾二個ノ内水筒型ノモノ一個右肩ヨリ左ニ掛ケ弁当型ノモノヲ右手ニ下ゲ新公園正門ヨリ支那人門衛ニ日本人ト称シ公園内ニ入リ式台付近ニ到リ投擲ノ時機ヲ待チ居タリ。午前十一時四十分頃弁当型ノモノハ自己ノ足下ニ置キ水筒型ノモノヲ肩ヨリ脱シ右手ニ持チ左手ヲ以テ紐ヲ引キツツ前ノ人ヲカキ分ケ二米許リ前進シ護衛兵ノ後方ヨリ式台ノ中央白川大将メガケテ投擲シマシタ。其時私ハ其ノ結果ヲ見ル余裕モナク付近大勢ノ者ニ捕ヘラレタ。
問 其ノ手榴弾ハ何処ヨリ入手セシヤ。
答 朝鮮人李春山ヨリ二十七日午後七時頃前記住所ニ於テ水筒型一個弁当型一個ノ二個ヲ受領致シマシタ。
問 其ノ李春山トオ前ハ如何ナル関係アリヤ。
答 李春山モ私モ韓国独立党員デアリマスカラ私ハ一九三〇年朝鮮ヨリ青島ニ到リ日本人中原洗濯店ニ一ヶ年就職シテ居マシタガ、翌年四月三日同地出奔上海ニ来タリ中国鬃品公司（馬ノ毛ニテ夏帽ヲ造ル工場）ニ就職、同年七月李春山ト四海路ト馬浪路ノ交叉点ノ茶館ニテ初メテ会ヒ知合トナリマシタ。此時李春山ガ何レ目的ニテ上海ニ来ラシヤト問ヒタルヲ以テ朝鮮独立運動ノ本部ガ上海ニ在ルト云フコトヲ聞キ遣ツテ来タト答ヘルト、李ハ余モ独立党員デアルコトヲ告ゲ私ニ入党ヲ勧誘シタルヲ以テ、私ハ進ンデ李ノ紹介ヲ以テ独立党ニ入党致シマシタ。
其ノ後ハ前記茶館ニ於テ毎月二回乃至三回李ト朝鮮独立運動イ就キ語リ合ツテ居リマシタ。
問 李ノ現住所、氏名、年齢、職業人相服装等如何。
答 李ハ現住所職業等ヲ私ニ一切明カサズ其ノ理由ハオ互ニ住所職業ヲ知リ合フ時ハ忽チ領事館等ニ捕ヘラルルヲ虞レテ居タ様デアリマス。故ニ其ノ他ノ事モ詳シク語ラズ唯氏名ノミ李春山ト申シテ居マシタ。
年齢ハ三十五、六歳ダトモ思ヒマス。身長五尺七、八寸位、中肉、頭髪三四寸位伸シ前ヲ七三ニ分チ目鼻口等並ミ、職業ハ無職ノ様デアリマシタ。別ニ特徴等ハ解リマセン。服装ハ洋服ノ事モアレバ支那服ノコトモアリマシタ。其ノ他詳細ハ解リマセン。
問 本事件ノ計画ノ時期及之ガ動機如何。
答 今ヨリ二十日程前李ト前記茶間ニ於テ打合ヲシマシタ。其ノ動機ハ朝鮮ガ日本ニ併呑サレテ居ルコトハ吾人ノ忍ビ難キ苦痛ニシテ之ガ独立ヲ図ルベク決行致シマシタ。
問 今回ノ計画ニ就テハ何時実行シヤウト心掛ケ居タルヤ。
答 天長節ノ日ニ決行シヨウト思ッテ勅諭五十週年記念式ノ際其ノ位置等ハ研究シテ置キマシタ。
問 天長節ノ日白川大将ノ来ルト云フコトヲ如何ニシテ知リシヤ。
答 ソレハ日本字新聞（新聞名不詳）ニ依リテ天長節ノ日ニ新公園ニ於テ観兵式ノアルコトヲ知リマシタ。
問 白川大将、植田将軍ノ顔ヲ如何ニシテ知リシヤ。
答 新聞其ノ他ニ於テ略々知リ居タルモ尚呉淞路付近ノ写真屋ニ於テ白川大将、植田中将等ノ写真ヲ購求シ之ヲ確メマシタ。
問 李ヨリ手榴弾ヲ受領シタル以前何物モ受領セザルヤ。
答 今ヨリ十日程前李ヨリ前記茶館ニ於テ支那銀二百弗（大洋）ヲ五圓紙幣四十枚ニテ受領致シマシタ。
問 ソレハ如何ナル意味ノ金ナルヤ。
答 ソレハ本事件ノ準備費及私の遊興費トシテ受領致タシマシタ。ソレ以前何物モ受領シテハ居リマセン。
問 其ノ金ヲ目下所持シテ居ルヤ否ヤ。
答 其ノ後オーバー、靴等ヲ購求。其ノ他飲食等ニ使用シ目下五弗程所持シテ居リマス。
問 其ノ後李ト会ハザルヤ。
答 昨日正午頃佛租界八仙橋大世界隣中国基督教青年会ニテ酒ヲ飲ミツツ本日ノ事ニ付キ相談致シマシタ。其ノ際李ハ同日ノ内ニ明日ノ会場ニ行キ色々ト研究シテ置ク様言ハレマシタ外何モ言ハレマセン。
問 其ノ後オ前ハ何ヲシタカ。
答 昨日午後二時頃公園ニ来テ午後五時頃迄現地ニ就キ色々調査シマシタ。
問 其ノ時如何ナル事ヲ調査セシヤ。
答 式台ノ位置竝ニ其ノ周囲ニ集ル人達ノ種類ヲ立札ニ依リ知リマシタ。ソシテ明日ハ式台ノ後ノ一般群衆ニ混リ決行シヤウト決心シマシタ。
問 其ノ後オ前ハ何ヲシタカ。
答 昨夜八時頃前記旅館デ李ト面会シマシタ。
問 其ノ時何モ云ハレザリシヤ。
答 手榴弾ノ使用法ヲ教ヘテモラヒマシタ。其ノ際本日ノ実地調査ノ模様ヲ話シテ置キマシタ。
問 手榴弾ノ使用法ハ如何ニシテ教ヘラレシヤ。
答 李ハ紐ヲ引キテカラ約四秒デ爆発スルカラ紐ヲ強ク引テ直ニタタキツケル様ニ教ヘ、且紐ノ引方ヲ実地ニ少シ引キテ教ヘテ呉レマシタ。
問 李ハ手榴弾ヲ何処カラ求メタルカ聞カザルヤ。
答 ソレハ聞キマシタガ李ハ一切語リマセンデシタ。
問 本日李ト会ハザリシヤ。
答 一切会ヒマセンデシタ。
問 其ノ他、他ニ申立ツルコトアリヤ。
答 何モアリマセン。
右問答ヲ録取シ読ミ聞カセタル処事実相違ナキ旨申立ツルモ無印ニ付拇印セシム。
昭和七年四月二十九日
上海派遣軍憲兵隊 陸軍司法警察官陸軍憲兵大尉 大石正幸
【10】「第二回被告人訊問調書」（『外務省警察史』）【滋賀県立図書館蔵】 │
昭和七年四月三十日陸軍憲兵大尉大石正幸ハ上海派遣軍憲兵隊本部ニ於イテ第二回被告人ヲ訊問スルコト左ノ如シ。
問 昨日オ前ノ言ツタ水筒型竝ニ弁当箱型手榴弾トハ如何ナル構造ノモノナリヤ詳細ニ述ベヨ。
答 水筒型手榴弾トハ別紙要図ノ如キモノデアリマス。弁当型ノモノハ事件ノ現場ニ遺棄シテ居マシタカラヨク御承知ノ事ト思ヒマス。(目下調査研究ノ為兵器廠ニ廻送中）
問 白川大将竝ニ植田将軍ヲ殺害スレバ朝鮮独立ガ出来ルト思ツタカ。
答 可能トハ思ヒマセン。然シ同ジ黄色人デアリナガラ今日本ガ勢力ガアルカラトイッテ朝鮮ヲ併呑シ又今私ノ現在地タル上海迄モ併呑シテ居ルカラ幾分ナリ意志ガ通ズルト思ツテ遣リマシタ。
問 然ラバオ前ハ日本軍ガ上海ニ出征シタ理由ヲ知レリヤ。
答 ソレハ知リマセン。
問 何等何レガ正当ナルヤノ弁別ナク単ニ日本ハ上海迄併呑スルモノト誤信シテ斯ル行為ヲ為シタオ前ハ今如何ニ思ッテ居ルヤ。
答 其ノ善悪ニ就テハ私ガ今申スマデモナク判断ガ出来ルト思ヒマス。然シ要ハ之ガ私ノ目的デアリマス。
問 オ前ハ斯クスルコトガ目的ト言フガ然ラバ今後モ尚斯行為ヲ続行スル気カ如何。
答 今後ハ斯ンナ事ヲスル気ハアリマセン。
問 然ラバ今回ノ行為ハ悪イト云フコトヲ知ツテ後悔シテ居ルカ。
答 左様デアリマス。
問 オ前ハ昨日朝鮮ノ独立運動ニ就イテ来滬以来毎月二回乃至三回位李春山ト会談シタト云フガ其ノ際ノ会談ノ概要如何。
答 ソレハ今良ク覚エテ居マセンガ要スルニ今回遣ツタ様ナコトニ就テノ話デアリマシタ。
問 然ラバ昨日遣ツタ事件以前マダ他ニ計画シテ居タコトアリヤ。
答 ソンナ計画ハ他ニハアリマセン。
問 オ前ハ本事件ヲ四月二十九日天長節ノ際決行シヤウト思ッテ其ノ下準備ニ四月二十四日ノ勅諭五十週記念式ノ際モ現場ニ就キ研究シタト云フガソレハ其ノ時已ニ決行ノ意志デ居ッタノデハナイカ。
答 左様デハアリマセン。
問 然ラバ四月二十四日勅諭五十周年記念式ノ時ハ已ニ天長節ノ日観兵式ガアルト云フコトヲ知リ居タルヤ。
答 知ツテ居リマシタ。
問 ソレハ何ニ依リ知リタルヤ。
答 李春山ヨリ聞キマシタ。
問 オ前ノ昨日言ツタコトト本日言フコトトハ相違シタ点ガアル様ニ思ハレルガ其ノ点如何。
答 昨日ハ本日ト相違シテ居ル処ガアリトスレバソレハ本日ノ方ガ事実デアリマス。昨日ハ事件当日デ多少興奮シテ居タノデ頭モ明瞭ニナカッタ様ニ思ヒマス。
問 オ前ハ朝鮮ガ日本ニ併合サレテ居ルコトガ憤慨ダト言フタガ、如何ナル点ヲ憤慨シテ居ルノカ。特ニ日本人ガ朝鮮人ニ対シ差別扱デモスル様ナコトガアルノカ。
答 差別扱ガアルカ無イカ私ハ日本人ト余リ接触シタコトガ無イカラ知リマセン。寧ロアナタノ方ガヨク知ツテ居ルデシヤウ。要スルニ自己ノモノガ他人ノ権限内ニ入レラルルコトハ誰ニモ憤慨スルコトト思ヒマス。
問 其ノ他他ニ申シ立ツルコトナキヤ。
答 何モアリマセン。
模擬問答ヲ録取シ読ミ聞カセタル処事実相違ナキ旨申立ツルモ無印ニ付拇印セシム。
昭和七年四月三十日
上海派遣軍憲兵隊
陸軍司法警察官陸軍憲兵大尉 大石正幸